王女様のギャンブラー
他国においては夜が本番というイメージの強いカジノも、ギルカタールではお日様が高い内から大繁盛する。 そんなギルカタールのカジノの頂点、ロベルト=クロムウェルのカジノに、アイリーンはいた。 もちろん、朝っぱらからゲームに興じにきたわけではなく、両親との取引を成功させるため、今日もモンスター退治に励むべく協力者を探しに来たのだ。 王宮内で見つけることが出来ればその場で捕まえてすぐに外に出られるのだが、最近アイリーンが選んでいる相棒は滅法朝に弱いので、彼の住処まで来なければならない事も多い。 (・・・・だったら別の人でも、ってできたらいいんだけどねえ。) それが出来ないワケがちゃんと自分で分かってしまっているアイリーンはため息を一つついた。 そして気持ちを切り替えてカジノのフロアを見回すが、案の定というかあの特徴的なシルクハットとスーツの男の姿は見えない。 「やっぱり寝坊か。」 小さく呟いて、アイリーンはフロアを行き交う人の間を縫って、従業員専用の入り口に向かう。 幼い頃から教育だけはしっかりされてきているおかげで、従業員に気づかれることな専用入り口にたどり着いたアイリーンは服の下から、金色の鍵を引っ張り出した。 「こんなに頻繁に使う羽目になるとは思わなかったわよ。」 呟いた言葉は呆れたような響き。 ・・・・けれど、その実、頬が緩んでいることを自覚しながらアイリーンは鍵を回した。 カチャ 鍵を回す音と大差ない程度の音しかたてずに、アイリーンはロベルトの自室のドアを開けた。 最初のうちはノックするかどうかで悩んだけれど、最近はさくっと扉を開けてしまう。 足音を殺して(というか、意識せずにも殺してしまうのだけれど)ベットに近づけば、眩しいのか掛け布団に半分ほど埋まったロベルトがいた。 「ロ〜ベ〜ル〜ト〜?」 「・・・・んー・・・・」 「ロベルト、ロベルトったら。おはよー!」 「・・・・・・・・・むー・・・・」 「朝よ。起きて!ロベルト!」 「・・・・・・・・・・・・・・ぐー・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ」 微妙に身じろぎしたものの、一向に起きる気配のないロベルトに、アイリーンは深くため息をついた。 合い鍵をもらう前にこの部屋に案内されて声をかけた時の、飛び起きた反応が懐かしい。 (もう慣れちゃってるわね、私の声に。) 朝の弱いロベルトのせいで、合い鍵をもらってからは何度も起こしに来ているせいか、どうもすっかりプライベートエリアでアイリーンの声が聞こえるという事がロベルトの中では特殊事態ではなくなってしまっているらしい。 「・・・・ちょっと嬉しくないわけじゃないんだけど・・・・」 ぽつっと呟いて、途端に頬に血が上るのがわかった。 ロベルトのプライベートエリアにいるのが、不自然ではないとロベルトが認識しているということ。 それは、ちょっとだけ彼の内側にいることを許されているようで・・・・正直、嬉しかったりする。 (でも、このままだと出かけられないし・・・・) 頭に登った考えを振り落とすように軽く頭をふって、アイリーンは再び寝っこけているロベルトに視線を落とす。 (この熟睡っぷりだと、蹴り落とすぐらいじゃないとダメかしら。) 物騒な事を考えたものの、蹴り落として目が覚めたロベルトがどういう行動にでるか読めないので、それは思いとどまる。 それに口元まで布団に埋まって気持ちよさそうに眠っている様は、子どものようでどうにも乱暴な手には出にくい。 「・・・・まったく」 呆れたようにため息をついて、アイリーンはロベルトの髪に手を伸ばした。 戯れに、前髪を梳いて見ればさらさらと金の髪が指の間を零れていく。 途端に、眠っているロベルトが気持ちよさそうに擦り寄ってきた。 「?ロベルト?」 「・・・・・・・・・・・すー・・・・・」 起きているのかと思ってしてみた問いかけは、見事に寝息で返された。 (・・・・余計、実力行使に出にくくなったじゃないの。) 思わずアイリーンは苦笑してしまった。 胡散臭いギャンブル狂、この取引期間が始まる前はそう思っていたのに、自分の心境の変化には笑うしかない。 もちろん、相変わらず胡散臭いのは変わらないし、読めるようで読めないし、子どものように無邪気な残酷さを持っていることはわかっている。 しかも知り合ってみて、とんでもなく馬鹿げたスリル狂で、ムカツクぐらいアイリーンの「理想の生活」に近い生い立ちを蹴ってきたことまで知ってしまった。 ―― その反面、かなり「カワイイひと」だという事も知ってしまった。 ロマンス&冒険小説の愛読家で、下手したらアイリーンよりも夢見がちなところがあって、恥ずかしくなるぐらいピュアピュア思考。 ギャンブラーらしく大概の場合は平静を装っているが、アイリーンに絡んだ時だけはその平静が保てなくなる時が多々ある事。 ・・・・こんな風に、寝顔がカワイイこと。 (どう考えたって『普通』じゃないのに。) 問題は後者の「カワイイひと」だと思うたびに、前者の『普通』じゃない部分がどうでもよくなりつつあるというところだ。 (ロベルトは『普通』にはなれない人なのに、ね。) ほんの少し切なくなって、アイリーンはロベルトの頬をつんっと突いた。 その途端、むっと眉間に皺が寄る。 (・・・・本当に、もう) カワイイ、などと思っているあたり、結局は深みにはまっているのかもしれないが。 「とにかく、どっちにしたって私は取引に勝たなくちゃいけないんだから。」 思い直して決意を新たにする・・・・のはいいが、つまりはこの寝っこけている男を起こさなくちゃいけないという当初の問題がのこるわけで。 「ロベルトー」 「・・・・あと・・・・すこ・・・しだけ・・・・・・」 一応言葉らしきものが返ってきたところを見ると半覚醒状態まではきたようだ。 さて、どうしたものか、とアイリーンは首を捻って、そして ―― にやっと笑った。 「しょうがないわねえ。ロベルトー?」 「・・・んー・・・・」 わざとらしく呼びかけて、もぞもぞと動いたロベルトの上にスッと身をかがめて ちゅっ 「!?!???!」 がばっっっっ!! 布団跳ね上げる勢いで飛び起きたロベルトに、アイリーンはにっこり笑って見せた。 「おはよ、目覚めた?」 「え!?は、いや、そ、その、覚めたっていうか、俺、今、夢見てました!?」 「ん?どうしたの?」 寝起きとは思えない(ある意味、寝起きだからこその)パニックぶりを見せるロベルトに、アイリーンは至極普通に首を傾げて見せた。 そりゃあ、もう、何かあったの?とばかりに。 途端に、ロベルトが妙にがっかりした表情になる。 「あー・・・そうっすよね。夢っすよねえ・・・・・」 (お、面白い・・・!) お腹のそこから込み上げてくる笑いを何とかアイリーンは押し込んだ。 かわりに、涼しい顔をして聞き返してやる。 「何の夢を見てたのよ。例えば・・・・私におはようのキスをされる夢、とか?」 「は・・え!?ちょ、なんで!」 目を丸くするロベルトに、自分の唇をとんとんっと人差し指で叩いて悪戯っぽくウィンクをひとつ。 「プリンセス!?まさか、ホントに・・・・」 「さあ?夢なんじゃない?目が覚めたなら行くわよ!さっさと着替えて。外で待ってるからね。」 「あ、ちょっと!」 慌てたロベルトの声を無視してあっさりアイリーンはロベルトの自室の外へ出た。 何せ、あそこで捕まってしまうとせっかくロベルトを起こしたのが無駄になってしまうぐらい時間を食う羽目になってしまうかも知れない・・・・色々と。 (ま、ピュアピュア男の浪漫を一つかなえてあげたんだから、今日は洞窟に付き合ってもらおう。) 今日ならロベルトは文句の一つも言わずに付き合ってくれそうだし、などととても『普通』になりたプリンセスとは思えないような悪徳な考えをしていたアイリーンの耳に、部屋の中で何か蹴倒したような音が届いた。 「・・・・ぶっ」 おそらくは動揺のあまりに、珍しく慌てているのだろうロベルトの姿を思い浮かべてアイリーンはとうとう吹き出した。 ロベルト=クロムウェルはけして『普通』じゃない。 それどころか、とんでもない悪党には違いない。 (でもやっぱり) ―― アイリーンにとっては「カワイイひと」なのだ。 〜 END 〜 |